Butterfly only knows.

札幌のデザインマネジメント会社社長のブログです。

川端康成『古都』より

できますか?に込められた意味

 あまりほめられたことではないのですが、以前、会社に勤めながら個人としての仕事も並行して行っていた頃が(もう10数年前)ありました。会社の仕事を7時ぐらいには切り上げ、別のデザイン会社からもらった仕事を自宅で夜中までかかってやるというパターンで、社員としてのサラリーがオマケに思えるほど稼いでいたこともありました。

 正当化する訳ではありませんが、今になって考えるととてもよい経験をしたことがわかります。当時は稼ぐことしか考えていませんでしたが、実は仕事をしていく上で重要な2つのことを学んでいたようです。

 ひとつは、いかに効率よく仕事を進められるか。会社の仕事を早く切り上げなければアルバイトができないので、当然作業効率をあげて急いでやるわけですが、急ぐ(早く動く)だけでは限界があります。デザインの仕事は作業のほかに「考える」という仕事もあるので、作業効率を上げる以外の工夫が必要になってきます。
 

  • 打ち合わせの時、余計な話をしない。聞きたいことしか聞かない。

 無駄話を相手にさせないテクニックが必要です。クールな威圧感を醸し出すとか。もちろん自分から天気の話をしだすようなことは慎むべき。話の主導権を握って質問だけするというスタイルがとれればベスト。

  • あらゆる仕事のリファレンスを作っておく。

 デザイナーにとっては過去の経験が最大の財産です。没になったものも含めて全て整理しておき、新しい案件になにか活用できるものがないか常に把握しておくことで、とっかかかりが非常にスムーズになることがあります。発想の立ち位置を定める、という作業です。

  • デザインのヒントになるようなものをアーカイブしておく。

 何も、あるメディアのものが必ずしも同じメディアのデザインに活用できるばかりではありません。優れた建築デザインを見てグラフィックのアイデアにつながることもあるし、面白い小説を読んで広告のコンセプトにつなげられることもあります。そういう意味でのアーカイブです。

  • 完全に仕事に集中できる環境を作っておく

 多くの場合、作業進行の差し障りになる原因は自分自身です。つまり、手の届く範囲、目に映る範囲に「時間つぶし」系の小物を置かないということ。DSは遠く離れた引き出しにしまうとか、作業中ブラウザーは立ち上げないとか。当時そんなものはありませんでしたが。


 もうひとつ学んだ重要なことは、やる・できる、と言うことの大事さ。できないと言ってしまったらもう何もないということ。仕事をオファーしてくる人が期待するのは、任せれば問題なくできる、というとてもシンプルなことなので、断るということは理由の如何に関わらず仕事が(能力的に)できないということと同義です。前提条件が厳しい─短納期であるとか、量が多いとか、珍しい仕事であるとか─仕事であっても、工夫次第では十分できることがあるわけで(仲間と手分けするとか、経験者を捜し出して聞いてみるとか、いくらでも)、オファーしてくる立場としてはその「工夫=頭を使う」ことも含めて仕事として頼みたいわけです。

 こんなことがありました。とある地方の港のそばに巨大な倉庫群が建設されることになり、建設中の半年間、工事の仮囲いフェンス(たしか約400メートル)が用意されることになりました。そのフェンスに入れるグラフィックのデザインを任されたのですが、当然そんな仕事(400メートルって!)はやったことがありません。

 かなり途方に暮れましたが、考えていても仕方がないので、大手ゼネコンの広報と思わしきところに片っ端から問い合わせて過去にそういうこと(仮囲いフェンスのグラフィック)をやったことがないか聞いてみました。ほとんど全く取り合ってもらえませんでしたが、一カ所だけそういう話なら○○という業者がある、という情報をくれたところがありました。早速問い合わせましたが、デザイン会社のペーペーにまともに資料だけくれるわけがありません。うちに施工を出してくれるなら組んでもいいですけど、という話。なので、今度は工事を監修していた会社の担当者に、フェンスへのグラフィック施工業者が決まっていないなら○○だったら経験もあるし面白いデザインができる、と話を吹き込んで(実際施工業者は決まっていなかった)、その業者に発注する約束を取り付けました。

 おかげでその業者からは感謝され、資料もあるだけ見せてもらえ、様々なアドバイスももらって、無事デザインすることができました。おまけにフェンスへの施工の監理までやらされて(いい意味で。)よい経験となりました。

 断ることは簡単ですが、「できますか?」の質問というのは上記のようなことも含めて「できるかどうか」を聞いているのだと思います。とりあえず、自分のもてる力(コネクションやネットワークも含めて)を総動員しても無理な場合のみ「できない」となりますが、そんなことは滅多にないものです。

 今は逆に「できますか?」と聞く立場になることが多いのですが、それには少なくとも軽くない意味が込められています。幸いなことに、熟考もせず「できない」とか「ちょっと忙しいんで」とか言う信頼感に欠ける人は周りにいないので、とても助かっていますが。

 効率よく仕事をすること。頭を使うこと。こうして考えてみると、別にデザインの仕事に限ったことではない話でした。


♪ 蛹化の女 / Jun Togawa